06.教師の働き方

教師が天職だとは思っていない

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「教師は私の天職ですね」とかよく聞きますけど、この場合の天職はどうも

適している

という意味で使うことが多いようですね。

 

僕も友人たちの間で

「いやあ、教師は天職だったわ」

のように使ったことはありますが、一抹の違和感を覚えてました。

 

今は天職という言葉は使わないですね。

そのまま、適してるって言います。

 

子どもに授業をすること、そのために準備すること、まるまる好きなんですね。

大変だけど好き、というのはそれはもう

適している

と言ってもいいでしょうね。

 

それに対して、天職という言葉は少し重いです。

「生まれた時から教師をするよう定められていたのだ」

とか

「教師という職業を奪われたら生きてはいけない」

とか

「この身を一生教育に捧げる」

などという態度、言葉に結びつきます。

 

そのような方もおられます。

教育思潮に絶大な影響を残した大村はまさんとか、斎藤喜博さんとか。

教育運動や実践に画期的な功績を残している向山先生とか有田和正さんとか。

この方々は、一生を教育に捧げた、もしくは捧げようとしている人たちだと言えます。

天職ですね。

 

翻って私はというと、教育という仕事はすごくやりがいがあって、大変だけど大好き。

でも、一生を捧げることはないというスタンスですね。

退職したらまったく別の人生を経験したいのです。

 

現職の間は、しっかり教育に身を捧げ、退職したら綺麗さっぱりその場から去って別の人生を歩む。

人様からとどまることをお願いされるなら別ですが、自分から再任用を望むことはない、そういう感覚です。

 

いや、望まれてもやらないかな。

別のことをさせてくれるならやたらせていただいてもいいですが、副業できない以上無理ですね。

私はコーチングのコーチとして生きるために資格を取りましたし、

価値あるネットメディアコンテンツをネットに蓄積して収益を上げることに挑戦したい。

電子書籍も現在2冊出してまさが、もっと書きたい。

イラストやプログラミング能力を活かした仕事もしたい。

これを教師をしながらするのは違反です。

だから、再任用はなるべく避けたいところです。

 

こういうことを言う私が、教育は天職などとは言えません。

教育とは、第一回目の人生を彩ってくれた仕事である。私にとても適した仕事であった。

第2回目の人生では何をやろうかな。

そう言うところです。







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